“Easy Poser”という神絵師製造アプリのすゝめ

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“Easy Poser”という神絵師製造アプリ!!

“Easy Poser”というのは画面の中で、3D人形にポーズを取らせることができるアプリケーションです。
めちゃくちゃおすすめです。

そもそも、こういったアプリを使う上で絵描きの中で古くからある議論があってそのことについて自分の考えをはっきりしておきたいと思います。

それはシンプルに模倣は盗作(パクリ)なのかオマージュなのかという議論で、作品作りにおいて他人の描いた構図や表情を真似しちゃいけないという人と、構図、表情などはいろいろな参考資料を見て考え表現するべきだという人たちがいます。

これは一旦いろいろな前提を棚上げして言うと僕は断然後者を支持しています。
なぜかというと理由は2つあって1つはすごく作品作りに効率がいいからです。そして2つは絵の本質を考えた結果です。

この議論の一番大事なポイントはどこまでを自分の作品としていいのかというところだと思います。
他人の写真を加工して使うことはNGなのか、もし加工してもOKだとしたらどこまで加工したらOKなのかという点です。

個人的には他人の作品を参考にする際に2つ基準があって

作品を見たとき誰かが跡形がわかるレベルで模倣したらダメということと
悪意を持って模倣したらダメ

つまるところ模倣はサンプリングやオマージュに近いものだと捉えています。

僕がアートの中でもコンセプトアートやマットペインティングの世界に没頭したのも模倣は悪ではない、むしろこれから文化に近いものになっていくと思ったからです。

僕は歴史が好きなので過去を振り返って現代のシーンを見てみると現代は急激にデータが蓄積されている時代で
アート、音楽など芸術に関しては特に“時代性”“場所性”が薄れていくと思うのと同時かつ相対的に“媒体の競合”が多くなっていく分野です。

例えばモーツァルトが音楽を発表した時代、民衆はモーツァルトの半径数メートル以内で生演奏を聴くことがあっても、インターネットを通じてダウンロードして聴くということがなかったわけです。(ネットがなかった当時は当たり前ですが)
また、モーツァルトの死後近代にモーツァルトの楽譜が発見されるまで人々はモーツァルトの曲を聴くことは無かったと思います。

彼が生きている間、モーツァルトは当時の人に最高の音楽家だともてはやされたものの、彼は彼が生まれるはるか過去の音楽家と争うことは無かったし、彼の時代にヨーロッパの真裏に位置する南米の民族伝統音楽と争うこともなかったということです。

対していまはインターネットという巨大な記憶装置に保管されて積み重なっていく時代です。

つまり現代の音楽家は何百年前の偉大な音楽家たち(の楽曲データ)とニーズを争わなくてはならないということです。

(もちろん、その楽曲は“完全再現”ではないです、楽器が進化を続けているからです。
経年変化を経ない楽器はないですし、例えば当時工場で大量生産されたミリ単位で同じギターなどはないのではないかと思います。)

もちろん、絵の世界にもそれは言えてゴッホやピカソとニーズを争わなければならないわけです。
また地球の裏側のブラジルで描いている画家ともニーズを争わなくてはならない時代です。

この話でなにを伝えたいかというとインターネットの出現によって何が変わったかということ、時代の技術革新とともに媒体は進化するということとそもそもなぜ“絵”があるかという本質的な部分です。

1.インターネットの出現によって変わったこと

まず前提としてインターネットを通じて集められた膨大なデータが蓄積され増えていくだろうことは予想できます。
0→1をうみだせることは本当に難しくなっていくだろうということです。
その中で過去の作品を一定の割合抽出して組み合わせて作品を作っていこうとする集団が現れるだろうなぁということです。

つまり100年前も伝えたいことが一番上にあってその下に真っ白なキャンパスがある。
それは変わらない。
過去のクリエイターは“自然”や“人間関係”から作品のインスピレーションを得ていた。

そして時代が下り現代、クリエイターは
“インスピレーションを”“自然”“人間関係”に加えインターネット及びあらゆる場所から取り込めるようになった”
ということです。

2.技術革新によって変わったこと
そしてもうひとつ大事なのは媒体は進化しているということです。

絵を写実に特化させて技術的に極めれば極めるほど、絵は写真に近くなると思います。
でも物語を絵のなかに数枚に凝縮して伝えるのは技術が要ります。
しかし写真は努力はそんなにいらない。技術が代用してくれるからです。
その点で写真は絵より優れていると思います。

いわば代用可能なもので絵は写真に進化したと言っても過言ではないのではないか。
もちろん絵の良さはあります。
しかし、現代において一瞬で写真をイラストテイストに仕上げられるアプリが出てきていろのも事実です。
(“Adobe Photoshop”はもちろん、”pixer”など)

写真はつまるところ筆の一種になっていくだろうと考えています。
車や銃が僕らの身体の延長になったように、カメラや写真も僕らの身体の延長になる。
ただ、技術を使うためのルールは最低限守れよってことで著作権とかが残る。

今はアンドロイドが歌を完璧な音程の歌を歌える時代ですし、プロのアーティストも機械を使って声を変えられる時代です。
そこに関しては血のにじむような努力はいらないです。
ただ、ツールとして使いこなす努力と基礎的な知識の吸収、努力はどの分野にも必要になるのは間違いないです。
僕はいい時代になったと思います。
人々の中にあったスキルというハードルが低くなってきてこれまで伝わらなかったことがいろいろなツールを通して伝えることができるようになったということだからです。

これからは“クリエイターの産みの苦しみ”の方向性は変わっていくと思っています。
スキル=努力の積み重ねではなく
スキル=組み合わせる発想力になっていくのではないか。
と感じます。

3.なぜ表現したい?

そもそもなんで絵があるか、それは個人差があると思います。そして一個人の中にもいろいろな思惑があると思います。
お金のためだったり、暇つぶしだったり、だれかとのコミュニケーションのためだったり、人に何かを伝えるためであったり様々です。

僕自身はコンセプトアート、アート全般はなんらかの物語を伝える手段であると思っています。
思ったこと、考えたこと(コンセプト)を“一瞬で”“深く”伝えられるツールです。

僕はシナリオ×コンセプトアートを使って感じたことや生きてる中で受け取ったものを作品に昇華していきたいと思っています。

自分にとって絵を描く一番の目的はスキルを磨くことではないのです。
なので僕は伝えることが一番大事で、それ以外にあまり執着をしていない。筆はなんだっていいし、インスピレーションはどこからでも得ていいと考えています。

オマージュかパクリかサンプリングかいろいろ言いましたが、結局作品を見た人の一番の感想が「これパクッてない?」となってしまったらパクリだと思います。
「パクったのを前提として楽しめたら」オマージュです。

長々と描きましたが“Easy Poser”というアプリおすすめなので使ってみて下さい!!めっちゃいい!

※男性の3Dモデルは使い放題ですが女性の3Dモデルは課金が必要です。
でもスキルが数百円で身につくと考えたらクソ安い!!

 

おわり

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