思い起こすアウトロー採用

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今日はアウトロー採用の同窓会(?)に行ってきました。(10年分位のアウトローが居た)

自分はちょうど一年前に参加しました。

参加した経緯はいわゆる”普通の就職活動”をしていて就職活動のイベントとしての参加でした

このページを見て頂いている方はわかるように

(自分は一般的な四大に行ったのにも関わらず)

絵を描いていたりデザインをしていたので初めはゲーム系のデザイナー志望でした

(コンセプトアーティストなど)

周りが銀行や、公務員試験を受ける中、孤独にデザイナーの就活していたり、、、

それでも総合職は受けていて

総合職とデザイナー職の両刀で就活がめちゃめちゃ忙しかった記憶があります。

自分の中途半端になってしまうところがとてもコンプレックスでした

そんな中でなにかヒントがあるのかもしれないとアウトロー採用に参加したがあります

ちょうど大学が池袋だったのですが、アウトロー説明会の会場が池袋周辺でふらっといってみた気がする

就職活動は入った後、後悔しないように正直にやろうときめていました

会社に入ることを目的にするのではなく、じぶんにとってのいい環境で働くということを目的に就職活動をしていました

企業に履歴書をばらまくといったこともなく

頭の固い企業除けとして

企業の面接には白シャツではなくグレーのシャツを常に着ていくなど

結果アウトローとは関係ないところで採用されています。

アウトロー採用に来ている人が持つ一般的な就活に対する違和感はある意味正しいのだと言えます。

正しいというより自然ですね

ただ、その違和感は自分の琴線に触れないと出てくることは無い

かつらをかぶったおっさんが一緒に新卒の就活してたって、違和感を抱き、逃げだそうとは思いません(逃げようとするかもしれないです)

人はなにか自分の譲れない弱さにぶち当たっているから声を上げるのです

成績優秀で、イケメンで、世界一の金持ちで、女の子にモテまくってたら就活の違和感もクソもない

このアウトロー採用の意味は

ある意味マイノリティで孤独になっていた自分に、

同じような境遇の人が居ると認識させたということだと思います

そして色々な人の生き方や才能に触れて

就活なんて誰かが設定した一本の定規で人を測っているだけだと

考えらえた

就活は誰かが設定した一本の物差しでしかない

優秀とか、正しいとか

全て誰かの物差しでしかない

所詮、社会の物差しと言えど、それは大きくて支持するのはこの国の人工の大部分

そんなことを考える一方

人は生まれすぎてて

(あくまで自分の基準で)

奴隷みたいな仕事は確実にある

とも思います

それはただ、自分の持つ物差しに合うかどうかに過ぎないのかもしれない

それでも基本的人権が守られていない仕事も世の中にはあることは認識しなきゃいけない

基本的人権ってなんだろうと言うと

人を見てくれることだと思います

それが保障されていることがアウトローのメリットだと思います

そもそも人を見てくれる企業しか参加しないからです

アウトロー採用は最低限の基本的人権は守られている職場(のはず)

なんだかんだ正直にいれるのが素晴らしい

就職は金が欲しいからって人は結構多いはず

面接で正直にお金が欲しいから就職しますと言える

それが自然

形式にこだわって飾る会社ほどろくな会社ない

完全に思考停止してるから

なのに夢があって、目標があってという建前が必要な今の就活

ほんとに頭のいいやつは前時代的なシステムに乗っかろうという若者は居ない

自分も本当に達成したいことは会社に頼る気はない

見て学ぶだけ

正しいも間違いもない

一概にバカとは言えない

バカだと”世間の常識”に当てはめて判断することが知性の無さの表れだと思っている

僕らの時代は幸せのパターンが星の数程ある

封建制はナンセンス

納富さんbigup

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