君の膵臓を食べたい

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生きるとは人と心を通わせることときいて

涙が出た

過去に一度

「人を好きになるってどういうこと?」

って質問をされたことがある

今は居ない社長から

これセクハラかな~と笑いながら

答えたくなければ答えなくていいよと付け足してきたのを憶えている

自分の人生で一番答えられなかった質問

結局その時

人を好きになるって

感覚なので言語化できない

って回答をしたと思う

この人に浅い回答をしても

絶対見抜かれるのでやめとこ

と思った

これまでずっと自分が棚に上げてきたことだから

この映画を観て

少し答えが言語化出来た気がする

人と心を通じ合わせること

って結局

ありのままの自分を理解してもらうこと

なんだろう

理解の定義がいまいちわかってないけど

自分は好きになった人、付き合った人にさえ、過去は話さなかった

話しても意味がないと思ったから

色んなことがあったけど自分ではないと解決出来ない問題で

自分が生んだ問題でもあったから

全て自己完結させていた

他人に期待しなかったし

裏を返せば他人にそこまで没入することは無かったんだろう

来るもの拒まずで去る者追わずでずっと生きてきた

多分会ったタイミングによって

周りの持っている人の自分に対するイメージは180度違うと思う

笑っちゃうほどバラバラ

エリートじゃんっていう人もいれば

君はたたき上げだという人もいて

おしゃれっていう人もいれば

今日はホームレスっぽい服装だなって人もいて(笑)

一匹狼っていう人もいれば

コミュ力の塊っていう人もいるし

ヘラヘラしてる適当な奴っていう人もいれば

ストイックっていう人もいる

センスがいいという人もいれば

おまえはセンスが無さすぎるという人もいる

殻が固いっていう人もいれば

あけすけって人もいる

相対的評価ではあってもこんなにバラつくっておもしろい

いつのまにか心の奥底で自分は人に理解されないのが当然だと思っていたし、今も思っている

諦観がある

この主人公は自分の事を周りに伝えな過ぎていじめられかけてたけど

自分は特にそういう実害に遭ったことが無かったから

別にどう考えてもらっても構わない

という考えだった

他人にあまり興味をもつ時間も無くて

自分の周りの人に興味を持ったら自分まで堕落してしまいそうだったからというのもある

生きてる人より、偉人とかの伝記を読んだほうが為になるよといつも思っていた

でも偉人のことを知れても自分を知ってもらうことにはならないんだね

相手の事を知るために情報を渡さなすぎるのもどうかと思った

いつもすげぇくだらない話題ばかりでするするうまくやってたけど

今度会ったら自分がどう生きてきたかもちょっとは話そうと思った

というか相手が自分のことどう見えてるのかがお世辞抜きで知りたい

御託とお世辞はNOで

なぞのリンク張っときます

https://uxmilk.jp/74434

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