【グリム童話】ブレーメンの音楽隊の教訓とは

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ジャレド・ダイアモンドの文明崩壊

を今読んでいます

いとお菓子

今回は能動的に本を買ったので読み終わったらレビューしたい

話変わって

というか本題で

こないだグリム童話のブレーメンの音楽隊の話をしてて

あれって子供たちになんの教訓ももたらさないよな

という話をしてた

あらすじは

人間に捨てられ、もしくは食べられそうになった動物たちが一致団結して

逃げ出し、というかブレーメンという街で音楽隊になろうと決心する

しかしお腹が減ったので

たまたま歩いていた時に見つけた泥棒の家を力を合わせて襲撃し

泥棒を家から追い出すと美味しいご飯を代わりに食べ、かつ戻ってきた泥棒たちをまた防衛し勝手に住み続けてHAPPY END!

っていう流れなんですけど

泥棒が飛んだとばっちり過ぎるし、かわいそうすぎる

っつかタイトルのブレーメンには結局辿りついていないし

音楽の要素のかけらも出てきていない

むしろアクロバットヒーローアクション物語

ブレーメンも音楽隊も全てが始まっていないという

ああいう意味不明の物語は

結局なんだったんだろ

意味不明

って思っていました

泥棒は悪いことしたからばちが当たって当たり前みたいな因果応報理論か、

最初の人間と泥棒は同じ人間と捉えて連帯責任だみたいなことを言いたいのか

それとも

一致団結することは素晴らしいことだよと

伝えたいのか

働き者だったロバ達が老いて邪険にされたが

知恵を使えば快適な場所を探せるよということなのか(高齢者への尊敬)

それとも年齢は関係なく三人寄れば文殊の知恵ということなのか

(出した結論が泥棒を襲撃というのは考えものだけど)

結構こじつけられるっちゃこじつけられる

こういった場合物語が要求されるシーンを考えてみた方がわかりやすい

なぜ物語はこの時代に必要だったのか

物語周辺を考えてみる

実は歴史から考えてみると

ブレーメンの音楽隊という物語がいつ成立したのか定かではないですが

ウィキペディアにドイツで1953年にブレーメンの音楽隊の銅像が建てられたという記載がありました

1953と言えば戦後の時代

ドイツが連合軍に降伏した

ドイツが東ドイツと西ドイツに分かれていて戦後のような支配体制が続いている

まさにハングリーで、食料難、飢餓で多くの人が死んだという時代

そして

1953年は有名な”東ベルリン暴動”という事件があります

労働者たちがノルマ未達成の人は賃金カットするよという東ドイツ新政府のやり方に反発したもの

そして暴動を起こし、ストライキをした

東ドイツの各地600箇所で散発的な暴動があったらしい

ブレーメン、もしくはその近くの場所が含まれていたかもしれない

東ドイツは今の北朝鮮のように情報統制されていて正確な歴史を残していないので死者は出ているが人数までは正確ではない

情報統制側は低く見積もるのでおそらく百人以上、かなりの数が死んだだろうと推測されます

そしてブレーメンは東ドイツにあります

この事件を聞いて

ブレーメンの音楽隊の物語と

すごく重なることがある

無能の動物たち(労働者)が、飼い主(政府)へ反発し

逃げ出す、しかし時代は食料難、お腹が減って

暴動を起こし関係ない人、街(泥棒宅)へも襲撃する

そして力を合わせて撃退し、その場に留まり楽しく住み続ける

これは恐ろしいほど状況が似ている

つまり時代にとって、この物語は必要不可欠だった

ブレーメンの音楽隊というタイトル自体ははるか昔に設立したのかもしれないが

この時代はこの物語を必要とした

今となっては意味の見出せない物語も、この時代の状況、子供たちの親の状況を考えていくと答えがわかる

音楽隊になろうというのは

厳しい政府から逃げ出したいが為に想い続けた理想郷のメタファーかもしれない

当時、文化というものがあまりに、不当に扱われた時代

というか食べていくだけで精一杯だったはず

そんな時代

そして現代においてなお銅像がたち続けているのは

呻吟してやまない時代への回顧なのか

それとも教訓なのかは未だ不明である

終わり

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