タナトフォビアと緩和剤について

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タナトフォビア

タナトフォビアは死恐怖症の事です

死んだらどうなるかわからないか

最近、死へのめちゃめちゃ恐怖がある人が居るのに驚いた

死の際の痛みなのか

死んだら別れがあるからか

それとも死後の世界が不明確だからか

自分はいつ死んでもいい

死んだら次が始まることだと思う

ここでの役割が終わったということで

その目的が終わるまでは絶対に死ぬことはないと物心ついた時から直感している節がある

論理的ではないけどサドンデスなら生きる意味がないから

消去法

その人が言っていたのは

もし目標があってその夢を叶えずに死んだら死んでも死にきれないじゃん

というもの

咄嗟に

本能寺で死んだ信長みたいと思った

自分は本能寺で信長の御前で囲碁を打った利玄の方が好き

本能寺の晩の御前試合では凶事の前触れとされた「三劫」という千日手を出して終了し

その夜、その手を裏付けるように信長は明智光秀に討たれて全国統一の夢半ばで死にます

囲碁の打ち手はただ、その瞬間を楽しんでいる気がする

結果は目的で過程も目的になっている

目標を未来だけに置いていない

そんな今を楽しむ生き方が死への緩和剤なのではと思う

現在を楽しみつつ、後悔ないように全力を尽くす

enjoy stoic

それが一番いい

後悔しないのが一番難しいけど

すべて手を出すのが正解とも限らない

後悔って大体不運になるからとか損をするから

ってのが大体の理由だけど

その損な道すら楽しめる位の気概があればいい

試練なんて数えきれない

資本主義なら金だけど

今は生きる場所が選べるから結構自由に成れると思う

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