ジョーブログと新興宗教の成り立ちについて

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海外の景色を見るのが好きなのでジョーブログを見ていて

最近宗教色が強まったと言われていてみていて面白い

オープンな新興宗教の成り立ちを追っているよう

これから個人の時代だと言われているけど

逆説的に言えば個人宗教の時代だ

宗教とビジネスの境界はとてもあいまいで難しい

宗教は事業法人で利益を獲得する団体である

そして宗教の商品とはなにかというと

大体は天国に行けるよということ(極楽浄土でも可)

死後の世界に有利になる

宗教とビジネスの単純な違いは、現世で証明可能かというもの

そしてもう一つの商品が

選民思想

によって承認欲求が満たされること

宗教とビジネスのもう一つの単純な違いは、来るもの拒まず去る者追わずかどうか

ビジネスは来るもの拒まず去る者追わずの精神だけど

新興宗教は大抵クローズドなコミュニティで強制的に勧誘したり、やめることを許さない宗教が多い

あと

宗教の一番の嫌いなところは

思考停止になること

宗教は一人をあがめる

だからそこに集まる人の思考回路は大抵似通っていく

だからそのコミュニティに飛び込むと

そのあがめたてられているひとが発する言葉、行動原理が

そのコミュニティの常識になっていく

そしてその常識を受け入れられない人に出会うと被害者のように

振舞い、排他しだす

あくまで弱者

きっかけは弱者として承認欲求を認められるから

そして同時にコミュニティの中に居る自分を正当化する

そしてコミュニティを正当化する

これが選民思想の始まりであり

多くの新興宗教の成り立ち

またメンヘラの成り立ちでもある

なぜ統率する彼らがコミュニティをクローズドにしなければならないかというと

宗教の存在意義が集金している額以下の価値しか提供出来ていないから

だいたいの宗教の中身なんてしょうもないし証明できない

だから時代に合わせて生き延びて結果を修正しながらナレッジを蓄積出来た宗教が

巨大宗教に変貌できる

過去は美化されるから

ジョークラブに価値を感じて入会するのは別にいいと思う

それ自体に価値を感じているんだから

ただのファンならいい

ただ、相手を知らずに勢いだけでわいわいやるのは本当にだめ

そして勧誘行為もすべきでない

無知はとてつもなく嫌いだ

純粋で無知な人は、免許を取らずに車に乗ると変わらないことだと思う

ジョーブログはバーを開業したいと言っていたけど

全額ファンに出させるのは詐欺だなと思う

悪い部分を見せていないように感じた

少なくとも自分の金を半分以上は使ってその上で

リスクを説明して

証明して

実行されるべき

まぁ宗教は無害であればいいよ

友達が

男は

女の子という宗教にみんな入ってるんだよ

と言われたことを思い出した

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